8月27日(土)から28日(日)にかけて日本テレビ系列「24時間テレビ」が放送されましたが、そのフィナーレに近い28日の19時から19時30分にわたってNHKのEテレ、いわゆる教育テレビがかなり挑発的な番組を放送したということです。この番組のサブタイトルは「笑いは地球を救う」。日テレ系が「愛は地球を救う」ですから完全にタイトルをかぶらせています。
1978年、第2回「24時間テレビ」総合司会の萩本欽一。萩本は番組 開始から3年連続で総合司会を務めた
この番組は「バリバラ」という番組で実は初めて知りました。「バリバラ」は「バリアフリー・バラエティー」で、障害ある人たちがお笑いをやったりその他タブー無しでいろいろと議論している番組だそうです。今回はどこかで見覚えのあるような黄色いTシャツを着ていたり最後は「サライ」を歌っていたりという意味では「NHK、いやいや攻めてるぜ」という感じでネットでも話題になっています。NHKはなかなか良い役割を果たしてると感じましたし、内容もとても勉強になりました。
障害者が特別扱いされてること自体が問題だという所に重きが置かれていてその一つのキーワードが「感動ポルノ」のという言葉でした。
オーストラリア人のステラ・ヤングさんという30歳代で亡くなった自身も障害者でコメディアン、あるいはジャーナリストとして活躍をした女性が提唱した言葉だそうです。彼女は障害者を「感動モノ」という形で扱うすなわちモノ扱いをする事自体に対するアンチとして「我々はこれが普通なんだ。そのことに特別に毎回毎回感動をもたらすようなことは「感動ポルノ」だ」と言っていたことはなるほど、言い当てているなと感じました。
かつて国会で次のような質問をしたことがあります。「例えば、私たちは日常にあるので、ドラマでストーリーとは全く関係ないシーンだけれども席を譲るシーンを入れるとかできないものか」。飛行機内で背が高い私は上の荷物を取りにくいお年寄りなどがいた場合「お取りしましょうか」と声を掛け、謝辞をいただくことが日常的にあります。何もストーリーには関係ないけれどもこんな日常をもっとドラマに入れられないのかという話を国会で取り上げたことがあります。
8/25のブログ「【視覚障害者転落事故】「5時にハンバーグ」ご存じでしょうか?」にも書きましたが、銀座線で盲人が転落して亡くなるという事故がありました。廻りの方々は声を掛けられなかったようです。「何かお手伝いすることはありますか」と声を掛けられる社会にするには、日常の中で私達がそれが当たり前なこととしていくことが大事だと思います。
今回、NHKはなかなか挑戦的な番組を作りました。「24時間テレビ」も来年以降に何か感ずることもあったでしょうし、障害は非日常的な取り上げだけなくもっと日常にして行きましょう。
「視聴率」より「視聴質」
最近話題になった二つの番組、すなわち、NHK、Eテレ「バリバラ」(24時間テレビの裏で放送されて、話題)、及びNHK総合「解説スタジアム」(「どこに向かう 日本の原子力政策」)を見た。どちらも、素晴らしかった。それで、改めて考えたことがある。
日本の地上波テレビの劣化が指摘されて久しい。芸能人が内輪受けの話をして自分たちで受けていたり、テロップなどで汚い画面構成にしたり、視聴者をバカにしているような内容が多いとしばしば言われるが、これらの問題点は、テレビというメディア自体の本質ではない。むしろ制作ポリシーの問題だ。
地上波テレビというメディアに可能性があるのは、先に挙げた「バリバラ」や「解説スタジアム」がネット上で話題になり、結果として私を含め多くの人が視聴したことでもわかる。というのも、地上波テレビの「同時性」が、トレンドをつくる上で大きな力となるからだ。原理的に言えば、どんなコンテンツでも、ネット上に置いて自由にアクセスすれば、それが良質なものであれば、最終的には視聴者数は伸びるかもしれない。
しかし、地上波テレビの持つ、視聴がシンクロするという性質は、ツイッターなどでトレンドに上り、可視化される上で大きな意味を持つ。「バリバラ」は、障害を持つ方をある図式に当てはめて「感動」を押し付ける「感動ポルノ」の構図を描いて素晴らしかったし、「解説スタジアム」は、日本の原子力政策をめぐる問題点を多角的、かつテクニカルに指摘して、素晴らしかった。本来、このようなコンテンツこそが、放送されるべきだろう。
地上波テレビの根本的な問題点は、「視聴質」ではなく、「視聴率」を至上命題としてきた点にあるだろう。CM収入に依存してきた民放では、ある程度仕方がなかったことかもしれないが、ネット時代のテレビには、別のやり方があって良い。「視聴率」ではなく、viewing figure(視聴者数)で番組を評価するようになれば、良いコンテンツをつくって、ネット上で評判にならないと始まらない。大して面白くもないのに、惰性でだらだら見られているような番組は、むしろ淘汰されるだろう。
「バリバラ」と、「解説スタジアム」が、地上波テレビの持つ本来の可能性を示したことは、大変意義深い。二つの番組の制作陣は独立していたのだろうけれども、スタッフのみなさんに感謝するとともに、これからもそのような番組つくりを期待いたします。
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